神術学校と夜見の勾玉

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――うそをついたのは神さまだ。 病の母と倹しい暮らしをしていたチハ。 母が死にかけた嵐の晩、二人の元に不思議な勾玉をさげた男たちが現れて……。 友情と冒険と、或る人の切ない想いと。 平安中期風、夏の島を舞台にした和風冒険譚です。 小学校中学年から大人まで楽しめます。 優しい光のまたたく読後感。 文庫サイズ / 190ページ 【冒頭試し読み】↓      序  銀色のいかずちが天を裂く。  だれの仕業でもない、夜にはじまった嵐だ。激しい風は雨つぶを右に左にかき回し、春の森をごうごうとゆすぶっている。  青年はずぶぬれの体を動かして、ケヤキにかけられた長いはしごをのぼった。枝ぶりのよい太い木の上に、彼の家はあった。今から十二年も昔に、彼の先生が暮らしていた小屋だ。住む人のいなくなった家を、青年はよかれと思って、半ば勝手に住みついている。小屋が草葉に埋もれないように。その面影が、記憶のかなたにしまわれることのないように、彼は大切に守っているのだった。  強い風をはね返し、青年ははしごをのぼりきった。木の葉がはりついた戸にふれて、首だけでうしろをふり返る。ざわめく森の向こうに、闇より暗い海が見えた。大きく波打ち、ところどころが渦を巻いた、すさんだ海。  それから青年は、急いで小屋の中に逃げこむと、藤づるのかごから着物を二枚引っぱりだした。うちの一枚で頭をふき、あとの一枚は着がえにする。重い衣が手足にはりつき、気分が悪くてしかたない。遠くに雷鳴がとどろく中、青年はいらだちがきわまって、一人の小屋で舌打ちをした。  雨はきらいだ。自分の力が万全でなくなるから。  そもそも、本当は小屋を離れるつもりではなかったのだ。日が暮れた後に外に出た理由は、弟子から入った知らせにある。兄弟子同士がけんかをしているから止めてほしい、家の格の上下をめぐって争っているのだと。くだらない。この学校、いいやこの学問は今、そんなことをしている場合ではない。  切り窓の近くで稲光がひらめき、青年の赤茶けたぼさぼさの髪と、狼のようなするどい目つきを照らした。足もとに焼き物のお椀が転がってくる。木の上にのっかる小屋はぎいぎいとゆれ、まるで海のシケに放りこまれたようにあやうい。  青年が苦労しながら着がえを終えたとき、暴風雨の中を一羽のハヤブサが突っ切ってきた。  暗い嵐を勇敢に飛びこなし、ハヤブサは窓の外の、水気でしなった枝にとまる。羽についた雨水を飛ばす前に、それははっきりとした人の言葉で、 「先生」  と、他でもない青年に向かって呼びかけた。 「見つかったようだ」  おだやかな大人の口ぶりに、緊張がにじんでいる。青年も心臓がひっくり返る思いで、お椀をけって窓ぎわにかけ寄り、ケヤキの枝間に顔を出した。髪は一瞬で乱れ舞い、強い雨がほほを打つ。着がえたばかりの衣がまた濡れはじめたが、なにも気にならなかった。 「先生も行かれますか」  先生、先生。その響きを頭の中でくり返し、青年はかすれた声で答える。 「すぐに」  いかずちがまた天をやぶり、雨雲の裏側を明るくする。  青年は夢か現実かわからないような表情で、自分の首にかかる飾りひもに手を付けた。しゃれっ気のない、さみしい麻のひも。そこにただ一つくくられた勾玉から、深い青色の光がほとばしる。  瞬間、青年の体は嵐の一部と溶けて、小屋の闇には美しい光のなごりがただよった。 (→第一章 桜の隠し家へ)

神術学校と夜見の勾玉
神術学校と夜見の勾玉
――うそをついたのは神さまだ。 病の母と倹しい暮らしをしていたチハ。 母が死にかけた嵐の晩、二人の元に不思議な勾玉をさげた男たちが現れて……。 友情と冒険と、或る人の切ない想いと。 平安中期風、夏の島を舞台にした和風冒険譚です。 小学校中学年から大人まで楽しめます。 優しい光のまたたく読後感。 文庫サイズ / 190ページ 【冒頭試し読み】↓      序  銀色のいかずちが天を裂く。  だれの仕業でもない、夜にはじまった嵐だ。激しい風は雨つぶを右に左にかき回し、春の森をごうごうとゆすぶっている。  青年はずぶぬれの体を動かして、ケヤキにかけられた長いはしごをのぼった。枝ぶりのよい太い木の上に、彼の家はあった。今から十二年も昔に、彼の先生が暮らしていた小屋だ。住む人のいなくなった家を、青年はよかれと思って、半ば勝手に住みついている。小屋が草葉に埋もれないように。その面影が、記憶のかなたにしまわれることのないように、彼は大切に守っているのだった。  強い風をはね返し、青年ははしごをのぼりきった。木の葉がはりついた戸にふれて、首だけでうしろをふり返る。ざわめく森の向こうに、闇より暗い海が見えた。大きく波打ち、ところどころが渦を巻いた、すさんだ海。  それから青年は、急いで小屋の中に逃げこむと、藤づるのかごから着物を二枚引っぱりだした。うちの一枚で頭をふき、あとの一枚は着がえにする。重い衣が手足にはりつき、気分が悪くてしかたない。遠くに雷鳴がとどろく中、青年はいらだちがきわまって、一人の小屋で舌打ちをした。  雨はきらいだ。自分の力が万全でなくなるから。  そもそも、本当は小屋を離れるつもりではなかったのだ。日が暮れた後に外に出た理由は、弟子から入った知らせにある。兄弟子同士がけんかをしているから止めてほしい、家の格の上下をめぐって争っているのだと。くだらない。この学校、いいやこの学問は今、そんなことをしている場合ではない。  切り窓の近くで稲光がひらめき、青年の赤茶けたぼさぼさの髪と、狼のようなするどい目つきを照らした。足もとに焼き物のお椀が転がってくる。木の上にのっかる小屋はぎいぎいとゆれ、まるで海のシケに放りこまれたようにあやうい。  青年が苦労しながら着がえを終えたとき、暴風雨の中を一羽のハヤブサが突っ切ってきた。  暗い嵐を勇敢に飛びこなし、ハヤブサは窓の外の、水気でしなった枝にとまる。羽についた雨水を飛ばす前に、それははっきりとした人の言葉で、 「先生」  と、他でもない青年に向かって呼びかけた。 「見つかったようだ」  おだやかな大人の口ぶりに、緊張がにじんでいる。青年も心臓がひっくり返る思いで、お椀をけって窓ぎわにかけ寄り、ケヤキの枝間に顔を出した。髪は一瞬で乱れ舞い、強い雨がほほを打つ。着がえたばかりの衣がまた濡れはじめたが、なにも気にならなかった。 「先生も行かれますか」  先生、先生。その響きを頭の中でくり返し、青年はかすれた声で答える。 「すぐに」  いかずちがまた天をやぶり、雨雲の裏側を明るくする。  青年は夢か現実かわからないような表情で、自分の首にかかる飾りひもに手を付けた。しゃれっ気のない、さみしい麻のひも。そこにただ一つくくられた勾玉から、深い青色の光がほとばしる。  瞬間、青年の体は嵐の一部と溶けて、小屋の闇には美しい光のなごりがただよった。 (→第一章 桜の隠し家へ)